八月~素朴な味わいの松風と花火饅頭

冷たいお茶が恋しくなる季節。今月は地域やお店によってさまざまな味わいが楽しめる「松風」と、夏の風物詩である花火を表現した「花火饅頭」をご紹介します。和菓子にちなんだ日本の歴史に思いを馳せる時間も楽しいものですね。

菓匠 榮久堂さんについてご紹介した記事はこちら

地域によって形はさまざま
素朴で味わい深い「松風」

松風は、表面に芥子の実や胡麻を散らした、和風カステラのような素朴な和菓子です。カステラのように厚みがあるものや、羊羹に似たもの、煎餅のように薄く伸ばしたものなど、地域やお店によっていろいろな形が楽しめます。

松風の由来には諸説ありますが、代表的なものを二つご紹介しましょう。

ひとつは、元亀元年(1570年)に始まった石山合戦の兵糧が発祥だというもの。
天下布武を目指す織田信長と、戦国時代最大の武装勢力だった本願寺の間で10年にも及ぶ長い戦いがありました。織田軍から兵糧攻めを受けた本願寺では、小麦粉を練り、麦芽飴と味噌を混ぜて焼き上げて籠城に備えたといいます。

信長の宿敵だった本願寺法主の顕如が後に戦を振り返って、
「わすれては波のおとかとおもうなり 枕に近き庭の松風」と詠んだことが
由来となったといわれています。

もうひとつは、京都の大徳寺の住持・江月宗玩が考案して、承応年間創業で今に続く和菓子店の当主に伝授したものだという説です。当代一流の文化人として知られ、茶の湯にも造詣が深かった江月宗玩の考えた松風は、西京味噌と小麦粉に砂糖を加えて練り、黒胡麻を散らして焼き上げたものだったとか。

「浦寂し、鳴るは松風のみ」という謡曲の一節を元に、表は香ばしく焼き上がり、胡麻などで華やかに飾っているのに、焼き色が付かない裏は寂しい=うらさびしいという、言葉遊びが由来だとされています。

「榮久堂の松風は、泡立てた卵白の軽やかな生地に、隠し味に味噌を少し加えて蒸し上げたもの。そぼろ状のあんこと二層になっていて、表面にはゆかりを散らします」(榮久堂・永見さん)

ゆかりのかすかな塩味が上品な甘さを引き立て、ふわりと軽いくちどけは、熱いお茶はもちろん、冷茶とも相性がよさそうですね。



夏の風物詩、隅田川の花火を
和菓子にした「花火饅頭」

夏の和菓子といえば、前回ご紹介した水羊羹やくず桜など、涼を感じられるものが定番ですが、夏の夜空を彩る花火を映しとったような花火饅頭も、夏の風情が感じられます。

江戸時代から続く隅田川の花火は、江戸幕府八代将軍の徳川吉宗が行った、享保の大飢饉で犠牲となった人々の慰霊祭が始まりです。このときに、隅田川の両国橋周辺の料理屋が花火を上げたといわれています。

榮久堂は、毎年、隅田川の花火でにぎわう蔵前に店を構えています。花火饅頭は「暑い季節でもたくさんの人に饅頭を楽しんでほしい」という思いから、2000年の夏に現在のご主人が考案しました。

今年の隅田川の花火は終わってしまいましたが、花火饅頭は夏の終わりごろまで店頭に並んでいるそうです。帰省や手土産にしてお茶の時間に彩りを添えてみてはいかがでしょうか。


<今月のお菓子>
花火饅頭(写真手前)
色付けしたざらめを花火のように生地に散りばめた、彩り豊かな饅頭です。

松風(写真奥)
卵白に味噌を加えた軽やかな生地に、そぼろ状のあんこを合わせた上品な甘さの夏のお菓子。「磯松風」と呼ぶお店もあるようです。

「お菓子で綴る季節のこと」過去の記事はこちら。
五月~端午の節句の柏餅と粽(ちまき)
六月~夏越の祓と水無月(みなづき)
七月~涼を味わう竹流しとくず桜

菓匠 榮久堂
住所:東京都台東区蔵前4-37-9
電話:03-3851-6512
営業時間:9:00~18:00
定休日:火曜日(不定休あり)