革好きを唸らせるミネルバボックスのつくり手が来日

ミネルバボックスとミネルバリスシオ。gentenを代表する素材ともいえる、この2つのバケッタレザーは、いずれもフィレンツェ郊外のタンナー、バダラッシ・カルロ社のものです。その二代目のオーナーであるシモーネ・レミさんが11月某日来日し、gentenにも遊びに来てくださいました。これは貴重な機会とあって、gentenスタッフもたくさんお話を聞かせていただきました。そのときシモーネさんに伺った、バダラッシ・カルロ社のこと、バケッタレザーのこと、gentenとの出会いなど、少しだけみなさんにお届けします。



10世紀以上前から行われていた
幻のバケッタ製法を甦生

「gentenというブランドを始めたのは、この革に出会ったからこそ」。
バダラッシ・カルロ社のバケッタレザーは、そういっても過言ではない存在です。そもそもバケッタレザーとは、植物のタンニン成分で鞣したのち、牛脚脂をじっくりと浸透させて丁寧に磨きあげるバケッタ製法によるもの。革そのものの自然な風合いがあり、gentenというブランドの考え方を裏付ける素材とも言えます。

1967年、バダラッシ・カルロ社は、シモーネさんのお父さんと叔父さんが経営者となり、タンナーとしての歩みを始めました。

バケッタ製法は、フィレンツェで10世紀以上前から行われていたものの、長らく幻の製法とされていました。その理由は、鞣すのにとても手間がかかること。そして、化学薬品を用いた近代的なクロム鞣しが普及していたことにあります。

そのバケッタ製法を現代に蘇らせたのが、驚くことにバダラッシ・カルロ社なのです。
バケッタとは、イタリア語で「ヴァッカ(雌牛)」+「エタ(小さい)」という意味を持ちます。その名が表すように、バダラッシ・カルロ社は、小さな雌牛のショルダー部分だけを活用しています。




名門タンナーの歩みと
揺るぎない哲学

子どもの頃から工場へ足繁く通ったシモーネさんにとって、バダラッシ・カルロ社は「第二の我が家のよう」だったそう。大学生になると、大学で歴史を専攻する傍ら、本格的にタンナーの仕事を手伝うようになります。

「創業して間もない頃は、市場で求められるバケッタ以外の製法も行っていました。でも、私が二十歳くらいの頃、『バケッタ製法だけにしぼろう』と提案して会社は新たな決断をしたのです。なぜなら、バケッタレザーがもっとも良い品物だと思ったからです」(シモーネさん)。

30年ほど前のイタリアには、数多くのタンナーが存在していたものの、それらは淘汰され、専門性に特化したタンナーだけが生き残りました。
「植物タンニン鞣しを続けているタンナーは、もちろんほかにもあります。でも、そのなかでバケッタレザーのみを製造しているのはバダラッシ・カルロ社だけです」
gentenで使用しているミネルバボックスやミネルバリスシオといったバケッタレザーがいかに希少なものかがわかります。

バケッタ製法を復活させた先代が、鞣し革に化学的な知識や実験の精神を持ち込んだ一方で、シモーネさんは哲学や美学、文学を吹き込んだと評されています。



バケッタレザーの伝統的な手しごとの様子。シモーネさんの作品です。


持ち歩いているノートを見せてもらうと、恐竜やギリシャ神話の登場人物、アメリカンコミックのヒーローなどがたくさん描かれていました。

実はシモーネさん、絵画や写真の腕前も玄人はだし。アーティストとしての才能も認められてきた異色のタンナーなのです。
「私が流行を意識した、いわゆる“売れ筋”をつくることは、これまでもこれからもありません。美術や骨董品などからヒントを得たり、旅先での経験など、自分のなかから生まれたものだけを形にしています。それは、他ならない自分の生き方(イタリア語で"stile"スティーレ※)であり、バケッタレザーの原点でもあるのです。」

品質を保持するため、バダラッシ・カルロ社では、無理のない状態で徹底したものづくりを続けています。
「作りきれない量は受注しません。時にはお断りすることもあるんですよ。新しいことを拡張するのではなく、これからもルネッサンスを大切にしていきます」

徹底したポリシーとこだわりをもった革がgentenの素材となっているということは本当に誇りです。

※イタリア語の"stile"は英語のstyle(スタイル)の語源で、元々は「筆記具」という意味で使われ、そこから派生して文体や文章様式を表すようになり、「優雅さや品の良さ、格調の高さなど人の生き方」を表すようになりました。
出典:AXIS Web Magazine『イタリアの伝統素材「植物タンニンなめし革」の伝統とその歴史』より




自然素材ならではの価値観と
独自性を持つバケッタレザー

「皆さん、革のバッグを選ぶ時は、見るだけではダメ! 触れて、音を聞いて、革の香りを確かめて」というシモーネさんに、スタッフもびっくり。
でも、確かな品質の革は、触るとギュッと詰まった音がして、植物タンニンに由来する、いわゆる「革の香り」がしっかりする、というのは私たちが毎日感じていること。改めてバケッタレザーの、確固たる品質の良さを実感しました。

樹皮や果実など、バケッタ製法に用いられる植物由来のタンニンにはさまざまなものがありますが、同社では、「栗とケブラチョという樹木を多く用いています。あと、量としては少ないですがミモザも使っています」(シモーネさん)。
世界的に環境への意識が高まるなか、革という素材も環境への配慮は欠かせません。これはgentenが大切にしているテーマでもあります。
「植物タンニン鞣しは、薬品のない時代から続いてきたものですから、環境に配慮した製法だと言えますね」という言葉に、私たちも納得。

たとえ同じ「革」であっても、均一的な表情のクロム鞣しの革とバケッタレザーはまったくの別物です。独特の風合いは、革そのものの表情を生かしながら植物タンニンで鞣しているからこそ。また、バケッタレザーの経年変化は、大きな魅力の一つです。使う時間を重ねることで深みと艶が増していき、自分で革を育てる喜びが感じられます。バケッタレザーは、持つ人によって独自性が生まれる革なのです。
「gentenというブランドにとって独自性はとても重要です。消えることのない独自の道を歩む、勇気あるブランドであり続けてほしいと願っています」
というシモーネさんのあたたかい言葉に、私たちも胸が熱くなりました。
(つづく)

次回は、gentenとの出会い、革のエイジングにまつわるお話などをお届けします。